安楽寺:長野県上田市別所温泉(塩田平)

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【 概 要 】−安楽寺は奈良時代に行基菩薩(奈良時代の高僧)が当地に巡錫で訪れた際に創建された古寺です。平安時代には平維茂が戸隠山(長野県長野市)に巣食う鬼女紅葉を退治する際に安楽寺で戦勝祈願を行なったとされ、それに伴い八角三重塔を創建し多大な寺領を安堵したとされます。安楽寺がある別所温泉に境内を構える北向観音も平維茂によって大改修されたとの記録が「信府統記」、「信濃奇勝録」、「善光寺道名所図会」に記載されています。又、別所温泉には平維茂が鬼女紅葉との戦いで受けた17箇所の傷が元で当地で没し維茂の墓所と伝わる将軍塚が築かれています。しかし、上記の事柄は伝説、伝承の類と考えられ、実際は鎌倉時代後期に樵谷惟仙和尚によって開山されたのが始まりとされます。樵谷惟仙和尚は信州(木曽源氏の後裔?)出身とされる人物で中国(宋)の高僧で鎌倉建長寺開山した蘭渓道隆和尚と共に中国(宋)で修行を重ね、帰国後に、塩田平を本拠とする塩田北条氏から召喚され安楽寺を創建しました。2世となった幼牛恵仁和尚は中国(宋又は元)出身で、樵谷惟仙和尚が中国留学中に知り合ったとされやはり名僧として知られていました。鎌倉時代後期から幕府滅亡まで、塩田平は幕府執権北条家の有力一族である塩田北条氏が支配し、その庇護の下で寺運も隆盛していたと思われます。特に鎌倉建長寺の蘭渓道隆和尚と樵谷惟仙和尚は旧知の間柄で、建長寺と安楽寺は当時の仏教界を代表する寺院として大きな存在だったとされます。塩田北条氏は鎌倉幕府が滅びた際、本家北条氏の元に馳せ参じ運命を共にした事で、残された安楽寺は庇護者を失い衰微しましたが、戦国時代に高山順京が再興し臨済宗から曹洞宗に改宗しています。八角三重塔は鎌倉時代末期に建てられたもので、日本で現存する唯一の八角三重塔として極めて貴重な存在で国宝に指定されています(初代、2世が共に中国宋に縁がある事から安楽寺八角三重塔は中国宋時代の禅宗様(唐様)を採用しています)。
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