永平寺:福井県永平寺町

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【 概 要 】−永平寺は鎌倉時代に波多野義重が大檀那となり道元禅師を召喚し創建した寺院です。波多野義重は幕府連署を担った北条重時の被官として本拠である相模国波多野荘(現在の神奈川県秦野市)の他、越前国志比荘が与えられ地頭として当地の開発に尽力し永平寺を創建しました。曹洞宗を篤く帰依し庇護した事から後裔も代々檀家筆頭に位置付けられ現在でも仏殿には波多野義重像が安置されています。道元禅師は天台座主公円や園城寺(三井寺)の公胤などに師事していた為天台宗でしたが、南宋(中国)に渡り、曹洞宗禅師の天童如浄に師事すると曹洞宗に転じ、比叡山延暦寺と対立するようになり、波多野義重の進めもあり京都を離れ越前の招きに応じました。当初は傘松峰大佛寺と称していましたが寛文4年(1246)には吉祥山永平寺と寺号を改め随時境内が整備され着実に信仰を広めました。同門対立により、大乗寺(石川県金沢市)や能登總持寺(石川県輪島市)が分派し南北朝動乱の兵火などを経て再興すると応永5年(1372)には後円融天皇から「日本曹洞第一道場」の勅額・綸旨、天文8年(1539)には後奈良天皇から「日本曹洞第一出世道場」、天正19年(1591)には後陽成天皇から「日本曹洞の本寺並びに出世道場」の諭旨を賜り名実共に曹洞宗の大本山としての地位を確立しました。それでも全国には曹洞宗の有力寺院が数多く存在し、江戸時代に入りようやく永平寺と総持寺(神奈川県横浜市)が曹洞宗の大本山として幕府のお墨付きを得ています。永平寺山門は江戸時代後期の寛延2年(1794)に建てられたもので入母屋、銅板葺、五間三戸、二重楼門、福井県指定文化財に指定されています。
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