恐山菩提寺:青森県むつ市

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【 概 要 】−恐山菩提寺は貞観4年(862)に平安時代の天台宗の高僧として知られた慈覚大師円仁により創建されたと伝えられています。伝承によると貞観2年(860)に慈覚大師円仁が山寺立石寺(山形県山形市)を開山した後に霊夢に地蔵菩薩が立ち、北方の霊地に我を安置せよとの御告があり、当地に赴くと魚を咥えた一羽の鵜が出現し円仁を恐山まで導いたと伝えられています。ただし、慈覚大師円仁が東国に巡錫で訪れたのは天長6年(829)から天長9年(832)の事で、貞観4年(862)時点では天台宗の座主として62際という高齢を迎え貞観6年(864)に比叡山延暦寺(滋賀県大津市坂本)で64歳で死去した事から恐山菩提寺の開山は伝承の域を出ません。弟子が境内を整備して円仁を勧請開山したとも考えられますが、当時津軽地域が朝廷の支配下にあったかどうかは疑問があり、延長5年(927)に朝廷が名社として認識していた神社を列記した延喜式神名帳には津軽地方の神社は一社として記載されておらず、その他の資料では9世紀の津軽地方にはエミシによる大勢力が存在していた事が窺える記載がある為、寺院として成立するのは時代的には下がると思われます。一方、恐山は火山活動により現実世界とは異なる景観や硫黄による独特な臭いなどがあり、下北半島の住民にとっては古くから霊山として信仰の対象となり、特に祖霊信仰が盛んになると、死者の霊魂が恐山に集まり、イタコを通して死者と言葉を交わす事が出来るといった独特の風習が生まれました。さらに、仏教が下北半島まで浸透すると、恐山の景観が三途の川の畔になぞられ地蔵信仰が盛んになりました。その後は恐山金剛寺と号し天台宗の修業道場だったようですが康正年間(1455〜1457年)の蛎崎の乱などで境内が荒廃し、享禄3年(1530)に聚覚和尚(恐山の麓にある円通寺の住職)によって曹洞宗の寺院として再興、寺号を「釜臥山菩提寺」に改められています。中世は領主で根城(青森県八戸市)を本拠として南部家によって庇護され堂宇の営繕工事などが行われ、江戸時代には盛岡藩南部家の庇護となり、民俗学の祖とも言われる菅江真澄が複数回恐山を訪れています。田名部海辺三十三観音霊場三十三番札所。
東北地方の名刹巡礼 古寺100選
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